BLOSSOM通信

誕生日でした!

4月は私の誕生月です。
黄色いバラや花が好きなので、黄色いお花もたくさんいただきました。嬉しいですね。
年に一度、その日は私だけが「おめでとう」の言葉をもらえることは本当に嬉しいことだと思っています。
自分が生まれたその日も、きっとたくさんの「おめでとう」に包まれていたのだと思うのです。そう考えると、“誕生”というのは、尊くて感動的な事実ですね。
 
さて、昨年からNLPを学びました。
まだまだ勉強していかないと、理解できない事がたくさんあるのですが、そのNLPのワークの中で【死後のタイムライン】をしました。
現在から、未来の“自分の亡くなった日(例えば葬儀の場面)”にタイムライン(時間の流れを客観的に見る事によって、その出来事を俯瞰する事)を使って行くのです。
 
自分の死後の場面・状況を見て、何を感じ、もし不満や遣り残したと思うことがあれば何をしておくと良いか考えよう(気付こう)というワークです。
 
“自分の死んだ日”と言われ、実は特に感情を持つことはなく、信じている占いでは「いい死に方をする」と言わているので、このワークの受け止め方は微妙(半信半疑)でした。
 
ところが、実に劇的だったのです!!
 
私は、静かに穏やかに死んでいました。葬儀になれば、少しは人々が弔いに来てくれるでしょう。子供たちも、それなりに悲しんでいます。まあ、良くある光景です。
 
ところが、私の気持ちが後悔していました。
〇子供たちに親としての助言をもっとしておくべきだった・・・
〇子供たちが居たからここまで幸せで穏やかな自分が居たのに、『ありがとう』を言ってない・・
〇仕事はただただこなしていただけで、意味や結果が何も残っていない・・・
〇そして母に『産んでくれて、いい人生だった、ありがとう!』って言えてない・・・
 
どれほど自分の気持ちを伝えられていないかがわかり、愕然としてしまいました。このままじゃ死ねない!!です。
 
この日から、私は子供たちに少しは感謝を言葉で伝えるようにしているつもりなのですが・・・なかなか難しいですよ。
 
そんな私の誕生日の朝に
「また来年も笑顔と健康でこの日を迎えられるよう、また一年頑張りましょう。では今日をお楽しみください。愛をこめて・・・息子より」
「新しい一年もHAPPYな毎日になりますように。だって私がいるからね(娘)」
とHappy Birthdayがメールで届きました。
 
年のせいか、涙腺がゆるんでいます。
私のことを忘れていないのだと、幸せをかみしめました。親子だから、家族だから当然だ、ではなく、思いやりとか愛とか言うとよいのでしょうか。
 
私ももっともっと自分の気持ちに素直に、子供たちと話しをし、感謝も伝えていかなくては自分自身が死にきれないほど後悔しそうです。
 
仕事やプライベートの私の周りのたいせつな人たちに、私の気持ちをちゃんと伝えることができるように、素直に思いやりを持って接していきましょう、私自身が後悔しないよう。
 
皆さんも、少し考えて見てはいかがでしょうか?
 
そしてこれから、認知症の母ではありますが、
「私を産んでくれてありがとう!!」と伝えに行こうと思います。
 
2010.4.29