BLOSSOM通信

心を病むのは…恥

私の学び続けているNLPは、ベトナム戦争からのアメリカの若い帰還兵のトラウマ、PTSDを取り除くのに、非常に短時間で効果的なそのテクニックが一躍注目と評価を集め、NLPの名を広める一つのきっかけになったといいます。

強い衝撃を受けると、人の心は疲弊します。
そこに心底自分が望んでいない言動を強いられた感があれば、自分を責め、後悔や悩みが更に心を病んでいくのが容易に想像できます。

当時の1970年代のアメリカでは、それはこれからのアメリカの未来に大きな影を落とすこととして、解決策を模索したのでしょう。
当たり前のように受止めていましたが、実は現実を直視した凄い選択と決断だったといえるのかもしれません。

そして、そのトラウマでおかしくなりそうな状況を訴えることをした若い兵士たちも、勇気ある者,なのです。

今日の新聞で目にした記事。

その当たり前の心の痛みや傷を持つことは“恥”とされていた日本。
“弱い奴”“できない奴”とレッテルを貼られてしまうのです。
戦争の傷跡、爪痕は、こんな所にも痛々しく残されていたという現実を知りました。

戦時下という状況は去りましたが、
時代が変わった平和な今は、仕事や職場、人間関係で心の痛みを持つと、やはり本人が弱いからだと思う風潮は否めないような気がしています。

日本人的な考え方なのでしょうか・・・。

当時83歳の統合失調症という男性がある医師の元を訪ねます。
一切笑顔を見せず、「叫び声が聞こえる」というその様子が、非常に生々しかったと言います。
治療を進めていき4年後から、この男性の“告白”が始まります。
「人を殺してしまった。」
「子供たちの泣き叫ぶ声が耳から離れない」
「上司の命令で逆らうことはできなかったんだ」・・・・
終戦70年後の告白だったそうです。
戦争のフラッシュバック。
PTSDが知られるようになったのは戦後50年、阪神大震災の時からだそうで、それまでは、心の痛みは統合失調症とひとくくりにされてしまうほど、閉鎖的だったそうです。

戦争は終わっても、今なお、似たようなトラウマ、PTSDに苦しみ、口に出せず、自殺を選んでしまう人もいるのです。
イラクやインド洋に派遣されて戻った自衛官は、その後、61名も自ら命を絶っているそうです。

私も自衛隊でメンタルヘルス講話をさせていただくことがあります。
一般的なうつと自殺予防を講話として話すことが多く、この現実の要因には気がついていませんでした。
自衛官の皆さんは頑強で精神的にも強く立派で、…そのような偏見で“差別”してしまっていたかもしれないと、反省しています。

心が病むのは、様々な理由や要因があります。
普通に生活していても、起こりうることです。

心が病むのは、弱いせいでも、意気地の無いせいでもないのです。
だから恥ずかしいことでも、隠さなければならないことでもありません。

そんな自分の中の異変に目をそらさず、「助けて欲しい」と意思を持つことが重要なのだと思います。

平成最後の終戦記念日が終り、戦争という悲惨な体験をされた方もだんだん少なくなっていく現状。

簡単に、時間と共に忘れてしまってはいけないことが、たくさんあるような気がしています。