言ったはず
最近、よく言われる。
「言ったはずだけど!」
明らかに聞いてないのだが、
相手にすると、きっと『言った』のだろう。
そう思ってやろうとはするが、
「言ったはずだけど!」と言われると、ムカつく。
言ったか言わないかは誰が決めるか。
聞いた相手、受け取った側が、決めるのだ。
言ったほうが「言った!」だけでは「伝わらない」ことが多い。
「言った!」が「伝えた!」としたいなら、自分の言い方やその状況を振り返ってみることが必要かもしれない。
音で聞こえたことが、受け取った側にはいろいろ感じる。
音だけで『叱られた』『文句を言われた』と感じることもある。
音だけなら、ことばは聞いたかもしれないが、それが『理解できていない』ということもある。
本当にコミュニケーションはむずかしい。
お稽古事を始めて1年。
芸の世界は独特だと感じている。
門前の小僧のように、体感覚で習得しているという実感がある。「こうして…」「こんなふうに…」と今だけかもしれないが、五感を使って師匠のまねをしていきながら覚えている段階だ。
そこで、
「最初に言ったはずだけど!」をよく言われる。
『最初に聞こえたかもしれないけれど、わけがわからなく理解も出来なかったので記憶に残らなかったかも…』と思う。
「この間言ったはずだけど!」
『いやいや、絶対に“私には”言ってないし!!どこかで呟けばみんなに広がると思ってるのかも…』と思う。
ちょっとこんなことが続いたので、口を返す気にもなれず、
「耳が遠くて聞こえなかったかもしれないです」と言ってみた。
「言ったはずだけど!」と言ってしまった経験は多々あるだろう。
自分の中でそう信じていたのだ。
真剣に記憶をたどると「言ったはず!」が「言ったと思う」になり「言ってなかったかも…」になった。
「言ったはず!」は「アンタは聞いてなかったんでしょ!!」という相手を責める一言になってしまっていた。
撤回して素直に謝ることも出来ず、後味の悪い経験をしたこともあるのではないだろうか。
だから、
「言ったはずと思ってるけど、伝わらなかったかもしれないから、今また言うよ!」
と、言うようにしてみてはどうか。
譲歩も必要な時があるし、その方がオトナな対応だ。
しかも、人って思い込みが激しいので、実際のところ、真実はよくわからない。
恐ろしいのは、「言ったはず!」は、時として人を傷つけてしまうことだ。