親は子の鏡でもあり、子は親の鏡でもあり。
そして、その鏡は、『まるで同じように見えている』か、『逆であるかのように見えている』か。
あなたの場合はどう見えているでしょう?
私たちは、親や子の一言に傷ついたり、怒ったり、笑ったり、泣いたり、します。
一番近い距離に居るはずの、血のつながった親子なのに、です。
どうして、ちょっとした一言で、ムカついたりしてしまうのでしょう。
「親の価値観を受入れるのが一番難しいかもしれない」と、ある女性が言いました。
何やら、親の一言で気分を害したようでした。
これは私の話しです。親の価値観を受け入れる(理解する)のが一番ハイレベルかもしれませんね親の価値観を受け入れる(理解する)のが一番ハイレベルかもしれませんね
9人兄弟の長女で下の兄弟の面倒をみてきた(見ることを義務付けられていた)と自負する母親が呪文のように私に言っていた言葉。
「一卵性母娘のようにしていたい。どこまでも一緒に居るから」でした。
言葉通り、私は嫁に行っても、母と離れることなく、そして離婚しても母と離れることなく、母が亡くなるまで一緒でした。
私の中には「母の面倒は、見なくてはいけない。母を一人にすることはできない」という呪文がいつも聞こえ、もしかしたら“夫”以上に重要視していたかもしれません。
母は、私が母のためにいろいろすることが、当然と感じていたのでしょう。
なぜなら、母の鏡には『自分の親にそうして来た自分』が映って見えていたから。
とはいえ、私は十分な事が自分の母親に出来たかどうかは、疑問です。
なぜなら、どこか私の心の中で、母親への反抗があったからです。
「時代が違うよ!」
「自分の親や兄弟にはいろいろしてきた(母)かもしれないけれど、子供の私には何をしてくれたの!?」
「何もしてくれてないじゃない!いつも私を一人にしていたくせに!」
私の鏡には『母のようになりたくない自分』が映って見えていました。
だから、怒った反抗的な顔と態度で、少々依存的な母に接していたような気がしています。
親子関係は、“宿命”で、続いていくのです。
良くも悪くも、親は子供の全てなのだから。
親は子の見本であり、教えであり、呪縛です。
親の鏡も子の鏡も、どう見ようが、映っているもの見え方が違っても、そのものを変えることはできないのです。
もし、親子関係で悩んだら、よくよーく、その時に戻って、振り返って自分の心に問いかけ疑問を晴らしていくことが大事です。
見えてきます、親の気持ち、自分の気持、子の気持。
私の母は、一人っ子で母一人娘一人の私が、いつもさみしくないよう、不安にならないよう、「一卵性母娘のようにしていたい。どこまでも一緒に居るから」と言ったのでしょう。
それを私が勝手に、『一緒に暮らさなくてはならない』と思い込んだだけです。
それは、そんな母に頼りにされていたかった。いえ、本当は私がさみしくて、母親が恋しくて、離れたくなかったのです。小さい頃、母と一緒にいる時間がなかった私は、どんな形でもいいから、『母と幼い娘』のような生活をしたかったのです。
でももし、その時、互いに自分の気持に向かい合い、受け止め、伝えたいことをちゃんと伝えていたら、もっともっと“愛”を感じ合えたのです。
そして、もっともっと互いが相手に対し、自分を尊重しながらも望む方へ進めたはずです。
私が素直に、自分の気持を母に言えるようになったのは、もう既に母の認知症が進み、自宅より病院に居る方が落ち着くようになってしまってからのことでした。
人の人生は環境によって大きく左右されます。
小さい頃の些細な出来事によって、人は簡単に傷つき、その傷ついた心を守ろうと、どんどん思い込みで言い訳をして、理由をつけて、人は生きて行くのです。
人は大人になってからも、ほとんどの人がその子供のころの傷ついた心を持つ自分と同居したまま日常を送ります。
もう子供の頃のその記憶ははっきりと思い出してはいないのに、心の奥底にずっと残っているマイナスの感情に振り回されているのです。
だから、自分の心の声、傷ついた心を持つ自分の声にしっかりと耳を傾け、本当の意味を知らなくては、前に進んで行くことはできないのです。
「親の価値観を受入れるのが一番難しいかもしれない」と、言った彼女も、
「自分の価値観を親に伝えることがとても難しい。なぜなら、親の剣幕に押し切られて、私が私の伝えたいこと(状況や親への気持)を言えてないから、言わずに終わってしまっているから…」と気が付いたはずです。
2015.1.23