BLOSSOM通信

「運河と倉庫と税関と桟橋がある」街

「階段のように山にせりあがっている街を、僕はどんなに愛しているかわからない」
その光景が、私の目にもすぐに浮かぶ。
子供の頃の居た街だから、その傾斜とその山は、とても大きく感じる。
「運河と倉庫と税関と桟橋がある」街、小樽。

なんだか、ふるさと小樽が美しく思える、描写だと思う。

小樽をこのように表現するのは小林多喜二だ。
2月20日は命日なのだそうだ。

小樽の文学館に行ったとき、小林多喜二や伊藤整の作品等の展示があった。
「チャタレー夫人の恋人」は、学生時代、なんだか大人の世界を見るような、ちょっとエロイ気持ちで読んだ記憶がある。だから伊藤整は“知っていた”。
小林多喜二は教科書にも「蟹工船」が載っていた記憶があるけれど、なんだか暗くてじめっとしていて、そんなイメージがあって、私には触れたい世界ではなかった。
何も知らないのに、良くそんな勝手なイメージを持ってしまったものだと、今になれば反省できる。

貧しいとか、苦しいとか、苦労とか・・・その当時の自分には全く関係のないことだったのに、なんとなく怖くて暗くて・・・嫌だった。
だから、実は小林多喜二の作品も読んだことが無い。

なのに、令和5年の2月20日に、彼の
「階段のように山にせりあがっている街を、僕はどんなに愛しているかわからない」という言葉を、彼が亡くなって90年も経った今、とても美しくてきれいな言葉だと思ってしまった。

多喜二が小樽で書いたという作品を、大人の、ちょっと初老の私は、新ためて読んでみたいと思っている。
きっと、涙が出るほど純粋な人だったのかもしれない・・・。