BLOSSOM通信

暦に惑わされず“時間”を考える大切さ

平成30年になり、4日目。

「お正月だから・・・」が前提にあったここ数日の私の生活。
白い雪景色が目に入ると、外に出ようという気持ちにブレーキがかかる。
そして、何をするでもないだらだらと過ごす時間は、あっという間に過ぎてしまう。
食べたいだけ食べ、寝たいだけ寝て、私の“寝正月”は自分を怠惰にしてしまうのに、時間をかけない。
そして、仕事始め。
そのスイッチがうまく押せず、後悔が生まれている。

そうはいっても、それほど大げさなことでもなく、
また明日には当たり前のように元の生活に戻っていくのも、予想ができている。

ただ、人生を進んでいくにつれ、
“光陰矢の如し”とよく言うが、時間が過ぎていく無情さを感じるようになってきた。
時間が過ぎていく、というより、時間が去っていくようにも感じている。

さあ、これから何をしよう、どうしよう、時間とどう付き合っていこうか。

本当はそのことをしっかり考えようと思っていた、年の初め。
なのに、楽なほうへ楽なほうへと脳みそが慣れていき、ただただぼ~~っと過ごしてしまった。

「たまにはいいか!」と開き直ってみたが、
よく自分の研修中に少々の嫌味と共に使わせてもらうハーバード大学の教訓が頭をよぎった。

「今、居眠りすれば、あなたは夢をみるでしょう。
でも今、何かを学習すれば、あなたの夢が叶うチャンスです。」

人生は歩み続けていなければ前に進んでいけない下りのエスカレーターかもしれない。
ゆっくりでもいいから足を止めないことが、生きているということだとも思う。
歩みを緩め呼吸を整えるのは必要。
歩みを完全に止めてしまうと、知らない間に停止ではなく後戻りしてしまう。

「過ぎ去った今日は二度と戻って来ない」

気づいたら人生をゆうに半分以上進んでいた。
正直、あと何十年かの人生に、若いころのような希望や夢が同じ状態で持っているとは思えない。
だから、それがなんとなく不安材料で、妙に“明日”という未来に対して不安と焦りを抱いていた。だから必死に視線は“明日”を探し求めていた気がする。

見つめるべき時間は「今」「今日」「この時」

エンジンをかけるのがちょっと遅くなってしまったが、居眠りをせず目を大きく開いて、
ゆっくり、いやそこそこのスピードで歩こうと思う。

新年、『平成30年』が始まります。
どんな時も“今、ここ”に意識を向けることが、難しいけれど重要なことなのです。

どんな一年にするかは、やはり自分次第ということですね。