BLOSSOM通信

やりたいことが無くても生きて行ける

キャリアコンサルティングの時や、NLPの時、良く「あなたのゴールはなに?」と聴いています。
特に、相手をいじめるように「何がしたいの?」「目標はなに?」と詰め寄ってしまうのが、応募書類作成の時かな、と振り返ったりします。(笑)

応募書類は、そこのところを人事担当者側も求めているであろうから、応募するこちら側も、そこのところを明確にして対策としているのだけれど、
そうそう人は前向きではないのかもしれません。

実際、自分を振り返ってみた時、なぜその企業に入りたかったかというと、
『たまたま求人が目に入ったから』
『やったことも無い仕事だったけど、初心者歓迎って書いてあったから』
みたいな感じでした。
それでも10年以上勤めたなぁ。

今は当たり前のように人に質問をしているけれど、
そういえば、全員がすぐに答えられる部分でもありません。
今は、私は職業柄「何がしたいのか?」「目標は何か?」をすぐに応えられるように準備をしているので、それがどこか当たり前のような気がしています。
とはいえ、そんな自分でさえ、ふと、我に返って「これからの人生何がしたいのだろう?」なんて自問してみたら
「もう仕事はしたくない」「一日家でぐだぐだしていたい」などと言うのが、実はホンネなのです。(笑)

「やりたいことがあることはいいことだ」というのは、思い込み。
それを子供の時から老いてもなお、過剰に求められてきたのが現実。

「将来の夢は?」
「会社の為に君は何ができる?」
「第二の人生でやりたいことは?」

人生のあらゆる場面で「やりたいことは何か」を訊かれるから、やりたいことを必死に見つけようと生きているのかもしれません。

ちこちゃんには怒られるかもしれないけれど、ぼーっと生きている人がうらやましく思えることもあります。
「何も考えてなくていいね」というか
「自分に正直で、ゆったりできていていいね」というリスペクトもあるのかも。

やりたいことが特段無くても、人は十分生きて行けます。
やりたいことが見つかれば、チョーラッキー!なのかもしれません。

「ぼーっと生きていきたい!!」
それはそれでいいと思いませんか?

建前も必要なのですが、自分のホンネにも気が付いていたいですね。