2008年11月19日
絆
断つにしのびない恩恵、離れがたい情実・・・「絆」
80歳になった私の母は少々ボケています。
60歳過ぎまで仕事を持ってバリバリ身体を動かしていた母が、70歳近くになる頃から、私に暴言を吐くようになりました。正確に言うと暴言を吐くというより、受け止める私が母の言葉を暴言と感じてしまうのです。
「私(母)が大事にしまっておいた服を隠したでしょ!?」「あんたが勝手に私のものを捨てたでしょ!?」「(生活のための)お金をくれないからたいへんだわ!」目を三角にして、声と言葉を荒げて言うのです。
「そんなことしないでしょう。勘違いじゃないの?」冷静に受け答えてはみるものの、母の形相ときつい言葉に、言い争いになってしまうことがだんだんと多くなっていきました。
外見はすこぶる元気でしっかりしていた母です。『老いてきて、物忘れから少々ボケてきたのかな』そう考えてはみても、すぐ自分の中で打ち消す私がいました。
それから数年の間に、母は心臓の持病が悪化し手術を余儀なくされました。70歳を少し過ぎた頃です。
心臓の手術は大きな手術で、いろいろ承諾書も書きましたが、親孝行もしてないし一日でも長く生きていて欲しいと、「手術をすれば80歳までも長生きできますよ」という医者の言葉にすがるように決断しました。
手術後目が覚めた母は、それまでに見たこともないくらいの“可愛いおばあちゃん”でした。にこにこして私や孫の言葉にただただ頷くのです。「痛くない?」「大丈夫?」「お水飲む?」「また来るからね!」痛みがないわけはありません。でもただただにこにこして頷くのです。
なんと、このとき母は一人娘の私のことも、とても可愛がっていた孫たちのことも認知できていなかったのです。だから、他人の私たちの問いかけにはにこにこ頷くしかなかったのでしょう。
これを機に、母の認知症は誘発され進んでいきました。
『認知症』は一人ぽっちの世界で彷徨うことかもしれません。
そんな、母の認知症は老いていく年齢と、70歳を過ぎて受けた心臓の手術時の長時間の麻酔にも原因があるかと思っています。
それ以来、病気と認知症のために、母は家で過ごすことが出来なくなりました。
母の夢も、娘の私の夢も、なんだか消えてしまった気がします。
手術後も認知症だけは進行し、徘徊もすれば嫌味たっぷりの暴言は吐く。お世話になったグループホームからは何度も呼ばれ、そのたびにお詫びをし、ボケた母を叱らなければなりませんでした。
「いい大人なんだから、しっかりしてよ!」誰にいうともなく言葉にしてみます。
思うように仕事も出来ず、気持ちがふさぎこみ、なぜ親がこれほど子供の私を苦しめるのかと恨みます。
親子であることに嫌悪し、その関係が崩れてしまいそうな、自ら壊してしまいたいと考えてしまうほどです。
検診の病院からグループホームに戻る雪の舞う道を、母を横に乗せて運転しながら、『どうせ母もこれ以上回復もしないし、いっそこのまま事故を起こして二人で死んでしまえたら楽だよな・・』私が1回だけ、死のうと考えた時です。
私は生まれてすぐに子守りさんに育てられ、4歳頃からは祖父母が面倒をみてくれました。
小学校に入るまで戸籍もなく、『母は私を産んだだけだ』と悲しく思っていました。
大学に進学したいと頼んだ私に「オンナに大学はいらない」、離婚して子供を抱えたときに「仕事は水商売しかないね」、仕舞いには「母娘二人きりなんだから、離れて暮らす気はないよ」。そんな母を想って離婚を選ばざる得なかった過去もあります。
“大好きな母”とはいえないのです。
でも不思議なもので、母と同じ年齢を過ごし、同じ状況を考えてみると、母と私の『絆』が見えてくるような気がします。
昭和30年代、シングルマザーだった母が、普通の女性のように、普通の母親のようには私を育てることは難しいことだったのでしょう。生きていくことは、母にとって過酷だったに違いありません。
最近の母は、私が小さかった頃のことを目を細めて話します。「公園にいるカラスが好きで“かあかあいた”って教えるんだよ」「ソフトクリームが好きで好きで、唇が真っ青になるまで食べて、ストーブ焚いてあんたを暖めたんだよ」
私が母と同じ年齢を過ごしその状況を想えるようになって、そこにあったものが『絆』なのかなと目が熱くなります。
今の私の夢は、1ヶ月仕事をしなくても過ごせるだけお金を貯めて、何もしないで、私の家で母から私の小さかった頃の話をたくさん聴く事です。
きっと、母が話す懐かしい昔の話の中に、話すその目に、そして年老いたシワシワの手に、素直に「ありがとう」が云えそうな気がします。
人は愛されるために、そして幸せになるために生まれてきます。初めて愛してくれたのは“母”、幸せになる権利を与えてくれたのは“母”です。
『絆』・・・断つにしのびない恩恵、離れがたい情実。私と母の絆です。
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